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土壌の必要性

他の多くの委員は、何らかの金融政策による措置が必要であるが、既に、オーバーナイト・レートが平均的に見て0・25パーセント前後まで下がっている状況で、さらにこれを引き下げることは、「これまで経験がないことだけに、具体的に金利がどの程度まで下がれば、短期金融市場取引が縮小するのか見極めがつかないため、結局は、市場の状況をよく見ながら金利を徐々に引き下げていく方法以外に方法はない」ということで認識を共有していた。
そこで、オーバーナイト・レートの目標を当面0・15パーセントまで引き下げ、そこで市場の状況を見た上で、金利をさらにゼロに近いところまで下げていくことが適当ではないかという考えが示され、次のような議長案が賛成多数で可決された。 「より潤沢な資金供給を行い、オーバーナイト・レートをできるだけ低めに推移するよう。
その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配慮しつつ、当初0・15パーセント前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層のこの議長案に対しては、篠塚英子審議委員が「現在の超低金利政策をさらに更新することが実体経済にどのような効果を及ぼすか疑問である」として反対した。 この政策変更を受けた最初の営業日であった2月15日には、オーバーナイト・レートは0・15パーセントで活発に取り引きされた後、日銀の積極的な資金供給姿勢を反映してさらに低下し、同日中の加重平均値は0・2一パーセントになった。
2月16日に、記者会見においてH総裁が「ゼロでやっていけるならゼロでもいいと思う」と発言をすると、翌2月17日には、オーバーナイト・レートの加重平均値は0・08パーセントへと、史上最低水準まで低下した。 そうした状況の下で開催された99年2月25日の政策決定会合では、前回会合で決定した金融市場調節方針を維持し、市場の混乱が生じないかどうかを見極めながら、オーバーナイト・レートの一層の低下を促していくことが確認された。
これを受けて、日銀金融調節担当部署は2月末以降日銀資金をこれまで以上に大量に供給し始めた。 その結果、3月初頭以降、株価が上昇し始め、オーバーナイト・レートは99年3月以降、ゼロ金利政策が解除されるまで、0・02・パーセントから0・03・パーセント程度で推移した。

これがいわゆるゼロ金利政策と呼ばれるものである。 日銀の「物価の安定」の具体的中身は空っぽだった!ゼロ金利政策がスタートしてからおよそ一ヵ月たった1999年4月9日の政策決定会合で、中原委員が量的指標の導入(マネタリー・ベースの拡大)を提案した。
この提案に反対した多数派は、次のような代替案を提出した。 ゼロ金利政策をいつまで続けるかを何らかの形で明確にした方が、「先行きのオーバーナイト・レートに対する市場の期待を通じて、ターム物(満期の長い)金利の安定を実現できるとともに、市場のそうした期待形成に働きかけて政策効果を高めることができる」。
そこで、「インフレでもデフレでもない物価の安定」という金融政策の目的と整合的な表現として、「デフレ懸念が払拭できるような情勢になるまでゼロ金利政策を継続する」といった趣旨を、総裁記者会見などの場で分かりやすく市場に対して説明する、という提案である。 この提案を受けて、99年4月13日の総裁記者会見において、H総裁は「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまでゼロ金利政策を継続する」ことを表明した。
しかし、そうなると、今度は「デフレ懸念が払拭されるとは、具体的にどんな条件が整った時をいうのか」ということが問題になる。 この点に関して、当時、N委員はゼロ金利政策の問題点と限界について触れた講演で次のように述べている。
「デフレ懸念が払拭されるまでゼロ金利政策を継続するというが、物価を見ているのか、その場合の物価は消費者物価なのか卸売物価なのか、景気を見ているのか、景気であればどういった指標を見ているのか、といったことがよく分からない。 そのため、具体的にどういった状況になれば、ゼロ金利政策は解除されるのか、国民にはよく分からないという状況が続いている。
抽象的な表現ではなく政策目標に数値を付して具体的に数字を追求していくことが、日本銀行に課せられたアカウンタピリティ(説明責任)である」。 しかし、当時、政策委員会の多数派は、結局のところ、「デフレ懸念の払拭が展望できる情勢」かどうかは、その時々における経済見通しやその他物価の先行きをめぐるさまざまな要素やリスクを勘案して、「総合的」に判断していくしかないと考えていた。
「デフレ懸念が払拭された状況とはなにか」をめぐる議論の過程で、日銀は日銀の目的は「物価の安定である」と言っているにもかかわらず、実は、「物価の安定とは何か」の具体的尺度を持っていないことが明らかになった。 2000年3月8日開催の政策決定会合では、何人かの政策委員が、「物価の安定」とは何かという問題について、「中長期的視点から、日本銀行として総括的な検討を行っていくべきである」と主張し、この発言を受けて、議長(日銀総裁)が、「新日銀法が施行されてから約2年を経過し、『物価の安定』という中央銀行にとっての基本的な問題を総合的に検討する良い機会である」と述べ、議長提案に基づき、日銀執行部に、この問題について検討するよう指示することになった。
つまり、これまで日銀は日銀の使命は「物価の安定」にあると言いながら、「物価の安日銀はゼロ金利政策を採用したが、そもそもゼロ金利をどのように思っていたのであろうか。 当時、日銀総裁だったH氏は総裁記者会見のたびに繰り返しゼロ金利の副作用(デメリット)として、次の3点をあげている。
1老齢者・年金生活者が働いて積み上げた預貯金や金融資産の利回りが極めて低く、財団や保険会社の一部が運用難で非常に苦労をしている。 そうした預貯金等の運用益が歴史的に見ても極めて低いことは、高齢者・年金生活者のような新たな所得を持たない人や団体にとっては、大きなマイナスである。
2金融機関や企業は極めて低いコストでいつでも資金を調達できるので、無理してリスクを伴う構造改革などに手を出さないでも何とか経営していけるという安心感がある」これとは何かを2000年になってようやく研究し始めようというのである。 日銀がこのような勉強不足の状態では、金融政策決定会合で「インフレでもデフレでもない状況」を目指すといっても、日銀はどの物価がどの程度で推移すれば、インフレでもデフレでもないと判断するのかを、市場は知るすべもない。

今最も必要とする構造改革などを先延ばししていく可能性がある。 金融とは信用の供与であり、リスクを伴うものである。
コール資金も単位が大きく、翌日物であっても無担保であるから信用供与していることに変わりはない。 それが無利子の信用供与であれば、資本主義のダイナミズムがそこからは生じてこない。
ただで金が借りられるということでは、経済は活気を持つはずがない。 これからの日本は構造改革や技術革新を民間が自発的にやらなくてはならない時代である。

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